今日1月5日より、24節気の「小寒」に入りました。(~19日頃)
小寒とは、「寒の入り」といわれ、これから更に寒さが厳しくなるころ。小寒から節分までの三十日間のことを「寒の内」といいます。寒が明けると立春になります。
※ 「七草粥」 … 無病息災を願い、1月7日に春の七草の入ったお粥を食べます。年末年始で弱った胃を優し
くいたわってくれます。 (セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ)
※ 「十日戎(とおかえびす)」 … 七福神の一人である「戎神」を奉る、年初めのお祭りです。
「新年あけましておめでとうございます」
今年も、伊勢地方に習って注連縄(しめなわ)を飾り、皆様(患者様)の無病息災を願っています。本来、
松の内を過ぎると注連縄を外しますが、伊勢のほうでは、一年を通して、注連縄を飾ります。(当院に来院される患者さんで不思議に感じている方もおいでと思います)
一年を通して飾るのには、古くから伝わるある伝説が由来となっています。
『伊勢の注連縄(しめなわ)の特徴』
※注連縄づくりのはじまりは、稲を育てるところから始まります。
稲穂がつく前の青々とした状態で、しめ縄用として刈り取り、乾
燥させます。(いつまでも青々としています)
裏白(うらじろ) 新年を迎えるための、裏まで白い誠心をを表す
馬酔木(あせび) 厄病除け、邪気退散として。
柊(ひいらぎ) 葉の刺は、鬼の目突きとも云われ、邪気の侵入
を防ぐ。
橙(だいだい) 代々の意。形状も一家の円満を願って。
𣜿葉(ゆずりは) 若葉が成長すると、旧葉がこれを譲るように落
葉する。代々をゆずるという、子孫繁栄の象徴
ソミンショウライシソンノカモン
『蘇民将来子孫家門の由来』
昔、伊勢の地を旅した須佐之男命が、夕暮れに泊まるところがなく困りはてていました。この地には、将来兄弟という二人が住んでおり、弟の大変裕福であった巨旦将来に宿を頼んだが、これを断られてしまう。その兄である、大変貧しい暮らしをしていた蘇民将来は、この頼みを快く引き受け、貧しいながら出来る限りで、もてなし一夜を過ごした。須佐之男命は、これを大変喜び、一宿の恩返しとして、茅の輪を与え、「後の世に疫病あらば、蘇民将来の子孫と云いて、その茅の輪を腰に付けたる者は、難を逃れるであろう」と言い残した。以来、蘇民家は、後の疫病が流行っても免れ、代々栄えたという。 この故事にあやかり、「蘇民将来子孫家門」の護り札をしめ縄に付けて、一年中門口に飾り、無病息災を願う、慣わしとして今に受け継がれている。